野火止用水下りはあの道この道と交差する

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続きです。

自転車で野火止用水を辿り、
北上しています。

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高層マンション群と足元の公園を右手に眺めます。
用水を引き込んでいるのでしょうか。

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府中街道と交差します。

府中街道(wikipedia)

江戸時代に整備された街道、ということで
野火止用水といい勝負ですが、
こちらが地下に潜ります。
まあ水ですし。

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府中街道を渡ると、

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馬頭観音を発見です。

馬頭観音(コトバンク)

馬頭観音(wikipedia)

秩父や奥多摩以来ですが、
こんな近くにもあろうとは。
街道筋の水場だったのでしょう。

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さらに進み、

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西武多摩湖線・八坂駅の高架下を潜ります。
線路や駅周辺では案外、
川が暗渠とならない例を
この道中や他でもいくつか目にしました。
暗渠とする工事をするにも
公共交通機関の運行に差し障りが出るとか、
人通りの妨げにならないように、
とかの理由でしょうか。
平たく言うと、
そのままの方がお金がかからない、
ということでしょう。

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そのためか、
チープにして見どころのある「橋」です。
用水の流れに平行して橋が架かっています。

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そして橋を降りると。

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かなり昔に見た光景に出くわしました。
「保谷狭山自然公園自転車道」です。

保谷狭山自然公園自転車道線(wikipedia)

5、6年前にママチャリの3倍はする
「高価な」クロスバイクに乗り始めた頃、
多摩湖に行きたくて
探しあて利用していた自転車道です。
ジョギングや散歩者が多く、
スピードも出しにくい施策がしてあり、
あまりスポーツ系バイク向きではありません。
同じ理由で、
遠方への高速道路替わりにも不向きなので、
車道走行に移行した前後から、
使わなくなりました。

久しぶりに見るその道には
やっぱり歩行者が多くいる中に
遠くわずかに自転車が見えていました。

「私たちは遠くへ来てしまったな」
伊丹十三のエッセイのフレーズを思い出します。
ヨーロッパで映画を撮っている最中に
三船敏郎がホテルの部屋に訪ねてきて、
二人で酒を飲んだ、というエッセイの最後でした。

そんな感慨を抱いたものの
なんのことはない自宅から10数キロ地点。
たぶん距離ではなく時間による感慨で、
気分だけは5年前、あるいは
江戸時代だったのかもしれません。

続きます。

<今日のひとネタ>

競技はそんなに興味がないのですが、
「高知」「アドベンチャー」には惹かれます。

ただ、サイクリング中に
記事写真と同じような目に遭っている自分は
やっぱり間違っている気がしました。

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