一の釜で見物するは名瀑ではなく/雁坂みち10

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続きです。

雁坂みちを有料道路の料金所の近くにして
自分の限界まで進み、
今度は来た道を引き返します。
もう漕ぐ必要がないのは
自転車特有のご褒美というところ。

雁坂みち風景・西沢大橋

西沢大橋の上で立ち止まり、
今一度渓谷を撮影します。
欄干にできるだけ
自転車と我が身を寄せていますが、
もとより大型車両も頻繁に通る道。
あまりいい気がしません。
しかし車では止まり得ない位置で、
自転車の利点を生かさないわけにもいかず。

雁坂みち風景・西沢大橋

笛吹川が渓谷と広瀬湖のはるか向こうに
消えていきます。

雁坂みち風景・由来

ここに至ってようやく、
貴重なものを見つけました。
というよりここまで無いのが
奇々怪々不思議そのもの、
案内「雁坂峠の由来」です。

雁坂みち風景・由来

曰く、
一、日本で一番古い歴史をもつ峠
二、武田信玄が整備した軍道
三、罪人の国外追放の道
四、信仰の道(身延山、善光寺、三峯山、伊勢講)
五、シルクロード(甲斐と秩父の物流)
六、雁門の道(渡り鳥の航路)
の重要な地理的背景と
ハデな歴史を持つ道だった由。

・・・なのに説明がここだけというのは、
(少なくとも見かけられたのは)
逆にちょっと如何なものかと思いますが。

往年の京都人なんかは、
「百年前に信長とかいうのが来よったな」
みたいなことを言ってたものらしいですが、
麓からさんざん推しを見てきた信玄如きも、
所詮この道を通った武将の一人に過ぎません。
事実としても比喩としても。
その昔には日本武尊も通った道なのです。
山梨県、今後はもう
雁坂みち推し一択しか無いでしょう。

と長広舌を振るって気分がアガったところで、
自転車はいよいよ下って行くのでした。

雁坂みち風景

斜度表示を見かけました。
往路では見かけませんでしたから、
下りの車への注意喚起なのでしょう。

雁坂みち風景

路面の良さとか広さとか走りやすさに
騙されて気づきませんでしたが、
なかなかの斜度を上っていたのでした。
設置意図は脇に置いといて、
もし上り車線に設置されていたら
さぞ自転車の励みになることでしょう。
そうと知った帰りの下りでも、
ちょっとした満足感ですから。

折良く、
広瀬トンネル辺りで悪化していた天候が
降りるにつれ回復してきました。

雁坂みち風景・一の釜

状況、気分とも順調なもので、
戻りの上りが発生することも厭わず、
往路に持ち越した「一の釜」突入です。

雁坂みち風景・一の釜

往路で見かけた「一の釜」案内を再掲です。

「一の釜」として人が訪れるのはこちらの筈。

清水渓谷と名瀑一之釜

雁坂みち風景・一の釜

しかしおそらくある程度の歩きが必要となる
瀑布見物は自分のターゲットに非ず。

自分の目的は・・・、

雁坂みち風景・一の釜

こちら。
その名は「柚ノ木発電所残流取水口」。

雁坂みち風景・一の釜

どうでしょうこのカッコ良さ。

雁坂みち風景・一の釜

なんと小道の向かいにある「天科発電所」の
名を冠していない「柚ノ木発電所残流取水口」。

取水ははるか下流の「柚ノ木発電所」の発電に
供されている模様。

山梨県のHPでは
笛吹川水系発電施設の解説は充実していますが、

地元では特に案内らしきものは見られず。
これら笛吹川と発電所のネットワークは
雁坂みちに負けず劣らず
面白そうなネタなのに残念なことです。

雁坂みち風景・一の釜

見かけられたのは、せいぜいこれくらい。

雁坂みち風景・一の釜

ともあれ、
ちょうど堰を越える程度の水量のため、
コンクリートの川底を滑る水が
透明で薄い膜のように美しいのでした。

雁坂みち風景・一の釜

「キレイですよね」と、
おそらく「名瀑一之釜」見物の帰りと見える
団体観光客の一人から(推定小学5年生)
話しかけられました。
精神年齢が同じくらいと推定されたらしい。

雁坂みち風景・一の釜

雁坂みち風景・一の釜

雁坂みち風景・一の釜

笛吹川が下流に向かって流れていきます。

雁坂みち風景・一の釜

雁坂みち風景・一の釜

堰から引き入れた水が回遊するのを見ながら、
雁坂みちに復帰します。
下りてきた急坂を一気に駆け上って。

雁坂みち風景・笛吹川

笛吹川に沿って、ひたすら来た道を戻ります。

雁坂みち風景

まだ続きます。

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